高校受験 英語の早期教育のデメリット


2019年11月1日、文部科学省が大学入試における英語民間試験の2020年度の導入を見送る方針を固めたことが報道されました。英語に民間試験を導入することになったのは、「読む・聞く・書く・話すの4技能」を測定するためです。これまでのセンター入試は「読む・聞く」の2つの技能を問うものでした。それに加えて「話す力」「書く力」も測ることになり、これらの力を問うために民間試験を使うことにしたのです。
今回は見送りとなったとはいえ、受験生の「読む・聞く・書く・話すの4技能」を測定したい、という文部科学省の方針は変わらないと思われます。
また、2020年から、小学3、4年生では外国語活動が、5、6年生では外国語科が始まります。日本の公立学校では外国語とはすなわち英語です。今回文部科学省が発表した新学習指導要領では、英語は教科になるため、教科書が用意され、通知表にも成績がつくようになります。これまでの活動では、英語に「慣れ親しむ」ことが目標でしたが、教科では「できるようになる(定着する)」ことが目標となってきます。そして小学3、4年生では、これまで小学5、6年生で行われてきた英語活動が必修となります。
先行き不透明な大学入試制度や小学校での英語活動の教科化によって、幼児や小学生の習い事としての「英会話」の人気はより高いものとなっています。「英語脳」や「英語耳」を作るには5~6歳までにネイティブの英語に触れさせなくてはならない、などという報告も、英語の早期教育熱に拍車をかけています。
どんな分野にせよ、子どもの吸収力には大人とは比べ物にならないものがあります。このことは、様々な学術研究の報告を見るまでもなく、保護者の方々が日々実感されていることと思います。英語に限らず、運動でも芸術活動でも、成長してから始めるよりも早くから始めた方が早く正しく身につくのではないか。それならば早くから習わせてやりたい。このような親心はとてもよくわかります。早く始めることで苦労が少なくなるのであれば、我が子には少しでも早く始めさせよう、と考えるのは当然です。
英語の早期教育にはたくさんのメリットがあるでしょう。それを否定するつもりは全くありません。しかし、私は長年、学習塾で小・中学生に指導してきて、英語を早くから習ってきたがために、かえって英語が苦手になる、嫌いになる子供たちがとても多いと感じています。それはなぜなのでしょうか。また、せっかくの英語の早期教育を活かすためには、どのようにしたら良いのでしょうか。

 

(1) 英会話教室と学校の英語授業の違い

小学校でのこれまでの英語活動の成果は、悪くはありません。小学生への調査(文部科学省2014)を見てみると、小学5、6年生は70%以上の生徒が、英語が「好き/どちらかといえば好き」と答えています。1年生から取り組んでいる学校では、「好き」と答えた生徒の割合は、学年が上がるにつれて低くなっています。とは言え「きらい/どちらかといえばきらい」の割合は、1番高い6年生で10%程度。また英語活動を通して「英語を使えるようになりたい」と答えた6年生の生徒は70%となっています。私が教えている小学生も、ほとんどの子どもが「英語、面白いよ」「英語は楽しい」などと言っていて、小学生には英語が好意的に捉えられている実感があります。
中学生は、と言うと、塾に通ってくる子どものほとんどが、学習塾で学ぶ教科として「数学」と「英語」を選択しています。「数学」「英語」が大好きで、学校での学習だけでは飽き足らず、学習塾でも勉強したい、という子どもももちろんいます。しかし、そのような子どもは本当に稀です。ほとんどが、苦手だがどうにか克服しなければならないから、「数学」「英語」を学習塾で学んでいるのです。
新中学1年生や小学生の子どもの保護者の方の中には、「うちは幼稚園のときから英会話教室に通わせています」などとおっしゃる方が多くいらっしゃいます。「早くから習わせているから、うちの子は英語は得意です」という意味でおっしゃるのでしょう。
英会話の早期教育を受けてきた子どもたちは、中学に入って初めて英語を本格的に学習し始めた子どもたちに比べて、最初は確かに良くできます。学校での英語の成績も上位に入ります。知っている語句や表現が多いからです。自分は他の子どもたちよりも良くできる、という前向きな気持ちでいきいきとしています。ただ、残念なことに、そのような時期が長くは続かないことがほとんどです。具体的には中学1年生の1学期頃までです。2学期になると、中学生になるまで英語に縁がなかった、所謂「勉強が得意な子」にいともたやすく英語の成績も抜かれていくのです。
その理由は大きく分けて2つあると考えられます。1つは、中学校での英語のテストで試される力と、英会話教室で身につく力が別物であるということです。英会話教室で身に着けた、実用的なはずの力がほとんど役に立たないような英語のテストを実施している学校教育がおかしいのではないか、と考える方も多いと思いますが、このことについては後述します。とにかく、それらはほとんどの場合別物である、というのが現状です。
ご存じの通り、学校では「4技能」のうち「読む・書く」を中心としたテストが実施されます。単語を書いたり、文法に従って文章を読んだり書いたりする、というもので、保護者の方々にもおなじみの型だと思います。近年はCDなどを用いた「リスニング」のテストを取り入れている学校も少なくはなくなりましたが、配点は小さいものです。中学1年生の2学期頃から、文法も複雑になり、新出の単語も増えてきます。ところが、英会話教室では、その名の通り、英語で会話をすること、「4技能」のうちの「聞く・話す」を中心に教えます。そこで学んできた子どもたちは、アルファベットでつづられた単語や文章を読むことや、語句をつづること、「文法」という法則に則って英語を理解することには不慣れなのです。
英会話教室に子どもを通わせている保護者の方の多くは、ざっくりと「英語」を習わせている感覚でいます。それで、「うちの子は英語ができるだろう」と思いがちです。「ずっと英会話教室に通わせていたのに、中学での英語の成績が振るわない」とおっしゃる保護者の方には、この現実を知っていただきたいと思います。
私もそうですが、日本で生まれ育った人は、日本で日常生活を送っている中で会話の言葉に不自由することはまずありません。では、漢字やことわざ・慣用句などの「語句」や、小・中学校の国語で習った「口語文法(主語・述語の関係や、連体詞や助動詞のような品詞を答える問題など)」をテストされたとしたらどうでしょうか。「義務教育を終えた大人ですから、満点が取れて当然」と言い切れるでしょうか。満点が取れない大人も多いのではないかと思います。それと同じことが、英会話教室と学校の英語にも言えるのです。
2つめの理由は、所謂「勉強が得意な子」は、勉強の仕方、もっと言えばテストでの点数のとり方を知っているということです。また、母語である国語をしっかりと身に着けているし、知識の幅も広く、根本的な理解が早い、ということもあります。
たとえば、これまで歴史の人物名を覚えてきたのと同じ要領で英単語を覚えたりします。どのレベルまで繰り返せばテストで間違いなく答えられるのかを、経験から知っています。1回見ただけでは覚えられない、となれば、覚えるまで繰り返す根気もあります。
前述の通り、学校の英語の授業の中心は文法です。次のような、This car is new.(①)と This is a new car.(②)を訳し分けるような問題もあります。これは「主語・述語(英語では述語とは言いませんが)」や「修飾・被修飾の関係」がわかっていなくては理解が難しいものです。

① This car is new.

主語
this car「この車は」までが主語で、this は car を修飾しています。
→「この車は新しいです」

② This is a new car.

主語
this「これは」だけが主語で、new が car を修飾して「新しい車」となります。
→「これは新しい車です」

このように、文法的に考えることができれば訳し分けを理解することは難しくありません。「勉強が得意な子」は、国語で口語文法を習ったときに「主語・述語」や「修飾・被修飾」の関係を理解しています。ですから、無意識のうちに英語にもそれを応用して、すんなりと理解することができたりするのです。
「言いたい内容は同じだよね」「通じればどちらでもいいのでは」などと言っているようでは、点数が取れないのが学校の英語のテストの現実です。

 

(2) 英語の早期教育を受けてきた子どもがなぜ英語嫌いになりやすいのか

「勉強が得意な子」には覚えるまで繰り返す根気がある、と前述しました。子どもを英会話教室に通わせている保護者の方は、「覚えようとしなくても、早くから習わせていれば英語に慣れるから自然に身につくはずだ」と考える方も多いでしょう。「イギリスやアメリカなどの英語ネイティブの子どもは、教わらなくても英語を話すではないか。要は慣れだ」という言い方をする方もいます。
しかし、英語ネイティブの子どもは24時間365日、ずっと英語の環境にいます。日本で英会話を習っている子どもは、日常の生活では完全に日本語の環境にいます。その言語環境では、いくら長期間、長時間習ったとしても、ネイティブと同じ効果を期待するのは無理というものです。非ネイティブの私たちが英語を身に着けるには、少なからず「覚える」という努力をしなくてはならないのです。
実用的なはずの力がほとんど役に立たないような英語のテストを実施している学校教育がおかしいのではないか、ということについて前述しました。実用的、つまり「聞く・話す」ための英語を身に着けるためには、文法や単語を覚えることを重視する学校教育は無意味なのではないか、という考え方です。しかし、非ネイティブの私たちがしなくてはならない努力、という観点からすれば、「覚える」努力を伴う学校での「読む・書く」中心の学習も、決して無意味ではないと言えます。
「結局、他の教科と同じように努力が必要なんだ」と気付いたとき、多くの子どもたちは英語に苦手意識を持ちます。子どもたちに日々接していて、英会話教室で楽しく英語に親しんできた子どもたちの方が、そうでない子どもたちよりも、苦手意識も大きくなる傾向にある、と私は感じています。英会話教室での経験から英語の楽しさに期待を大きく持っているため、「努力」を求められたときの落胆も大きくなるからです。
子どもが英語嫌いになるもう1つの理由は、保護者の方々の期待と反応にあります。保護者の方々は、「英会話の早期教育を受けさせてきたのだから、我が子は英語が得意で当然だ」と考えるかもしれません。口に出して言われなくても、子どもは期待やプレッシャーとしてそれを感じているものです。でも実際には、英会話教室に通ったアドバンテージだけで学校の英語のテストで良い点数を取り続けるのは至難の業です。中には、「あなたの英会話教室にかけてきた時間とお金は無駄だったね、と親に言われた」と悲しそうに言う子どももいます。「自分は長期間、教室に通ったのに、通っていなかった友達より学校の英語のテストの点数が低かった」という経験から、子どもは「自分は英語に向いていない」という劣等感を持ちます。それどころか、「長期間やってきた英語さえできないのだから、自分は勉強をやってもできるようにならないよ」とさえ言いだす子どももいるのです。
保護者の方が子どもの将来を思って習わせたはずの英会話のために、かえって子どもが英語に苦手意識を持ち、ひいては、勉強をすること自体に絶望してしまっては、元も子もありません。保護者の方にとっても子どもにとっても不幸なことだと言わざるを得ません。

 

(3) 子どもを英語嫌いにしないためにできること

ここまで、子どもを英会話教室に通わせることについて否定的なことばかり書いてきたように思われるかもしれません。私は、子どもに英語の早期教育を受けさせるのは良くない、と言おうとしているのではありません。早期教育を受けさせたのに、学校での英語の点数が振るわない、という、往々にして起こる現実を知っていただきたいのです。そうすることで、適切に子どもと向き合い、子どもが英語に苦手意識を持つことなく、前向きに学習することができる働きかけをしてあげてほしいのです。
1つは、保護者の方が、英会話教室と学校での英語の授業・テストは別物だと割り切ることです。英会話教室での経験が学校のテストの点数に直結するにちがいない、という期待を大きく持たないようにするのです。「英会話が得意だ」と自信を持っている子どもの気持ちを大切にしてあげてください。その上で、以下の4点を教えてあげてください。

  1. 英会話教室で習ったことと、学校の英語で習うことはかなりの部分で違うこと。
  2. 英会話教室と学校では習っていることが違うのだから、学校のテストで良い点数が取れなかったからといって、英語に苦手意識持つ必要はないこと。
  3. 学校での英語のテストには、初めて英語を勉強するつもりで準備すること。
  4. 英会話教室と学校では習うことが違うが、どちらも英語を上達させるには必要であること。

もう1つは、「早くから英語に接しているのだから、英語ができて当然」というプレッシャーを、無意識にでもかけないことです。小学校高学年や中学生ともなれば、子どもは良くも悪くも保護者の言うことなど聞いてはいないように見えます。しかし、それは保護者の前でそうふるまっているだけ、ということも多いものです。褒められればうれしいと感じているし、叱られれば落ち込んでいるのです。周りの大人の接し方や声掛け1つで子どもの意識や姿勢は変わります。せっかくの早期教育を生かせる接し方や声掛けをしてあげてください。子どもが前向きに学習できることが第一なのですから。

2019年11月19日
GLE(Global Leader Education)
中学受験・高校受験
担当 加藤 恵


About 子育てを考えるひろば事務局

グローバル教育綜合研究所は、子育て・教育にかかわる多くのスペシャリストとネットワークを組んでいます。 必要に応じて案件ごとにプロジェクトを組みます。 各教育スペシャリスト・受験スペシャリストからのコラム提供や個別相談は当研究所が介在して行います。長年小学校受験指導に携わり、校長や先生方ともインターフェースがあり、深い学校情報、入試情報を持っていますスペシャリストが所属しています。