2章 愛着
2節 愛着の社会性と情緒発達への影響
「これからはIQよりもEQの時代」
この言葉を一度は耳にした事があると思います。これからの時代は、認知知能(IQ)よりは情緒知能(EQ)の方が大事になると言う意味ですが、確かに、社会との関りを欠かせない人間にとって社会性の根本になる情緒の発達はとても大事であることは間違いありません。実はこの情緒発達と社会性発達に大きな影響を及ぼすと言われている理論があります。乳幼児は養育者との愛着形成の過程で様々な情緒を感じ、またそれによって社会性の発達にも結び付くとの研究結果はたくさんあるのです。
乳幼児は養育者との愛着の形成、愛着の維持、愛着対象を損失、そして愛着対象との再会を経験する中で、さまざまな情緒を経験しています。 Bowlby (1979)によりますと、このような過程を繰り返すことで情緒発達が行われると主張しています。また、彼は養育者が乳幼児の情緒的信号(泣くなど)に敏感にかつ正確に反応することによって、安定的な愛着を経験し、肯定的な情緒(楽しみなど)を感じると述べました。半面、 乳幼児の情緒的な信号に鈍感であり、不適切な養育者の行為は不安定な愛着形成の原因になるとの事です。

Louise Nursing Her Child メアリー・カサット(1898)
また、これらの愛着形成の過程が繰り返されることにより内的作業モデル(Internal Working Model)が確立されます。この内的作業モデル*とは愛着形成の過程で乳幼児に対する養育者の反応によって形成されるものです。つまり、乳幼児の要求が価値のある要求として養育者が反応すると乳幼児は自分は価値がある存在と感じる半面、要求を無視されると、乳幼児は自分は価値がない存在と感じるとのことです。このように乳幼児にとって大きな世界である養育者の反応はとても重要であり、また養育者の反応で形成された内的作業モデルは、他人の解釈や自分の態度を決定する大きな要因となります。
*本部注釈:内的作業モデルとは、子ども(特に乳児)と愛着対象(特に母親)との間で繰り返される相互作用によって、子どもの内側に形成される世界観とも言えます。
Bowlby の愛着理論に賛同している Waters(1979)の研究では安定的な愛着形成がされている乳幼児は不安定的な愛着形成の乳幼児よりもっと頻繁に微笑み、同じ年頃の乳幼児との情緒的な共有もできたという研究結果を紹介しました。また、彼の同僚であるSroufe(1983)は幼稚園児の研究で、安定的愛着の園児の方が不安定的愛着の園児より否定的な感情を少なく感じ、また友達も多かったことを報告しています。つまり、安定的な愛着は社会的相互作用と社会性の向上に役に立つと主張しました。
乳幼児にとっては養育者が初めての世界であり、養育者との関係で得られた経験は大変重要であります。養育者との間で育まれた情緒経験は乳幼児の情緒の発達に大きな影響があることは言うまでもありません。また、自分の要求に対する養育者の反応により、自我概念と他人の概念を構成し(内的作業モデル)、肯定的な内的作業モデルが形成され、さらに周囲の環境と関係を持つ事に積極的になることから、社会性発達に結び付くという多くの研究結果は育児に置いての愛着の重要性を裏付けていると思います。
これからは第4次産業時代に入り、人よりAIによる働きが増え、多くの人々が失業をする時代がやってくると言われています。実際、日本でもカフェやホテルでロボットが接客をする所も増えて来ています。2年前、スーパーの棚の上の物をそのままかばんに入れて店を出る動画がネットで話題になった事があります。これは、必要な物をかばんに入れてレジを通らず、そのまま店を出るだけで購入が可能となるAIによる新しい形式のスーパーマーケット Amazon Go のコマーシャルでした。Amazon Go は2018年シアトル店舗を始めに現在も店舗を増やしている状況です。しかも、最近は新型コロナウィルスの影響で、人との接触が望ましくないことからさらに注目を浴びています。
何もかもこなせてしまいそうなAIが主となる第4次産業時代でもAIにできないとされているのが人の感情の理解、つまり自分と他人の情緒の認識や情緒コントロールができる情緒発達領域と言われています。それで、情緒と社会性の重要性については,あらゆる方面で注目を浴びています。しかし、筆者は第4次産業革命に備えて社会性や情緒発達にばかり重きを置くのではなく、まず本能でもある愛着形成を大事にした子育てに力を入れて欲しいと思っています。我が子の感情に敏感に反応し、また一貫性のある育児によって養育者と安定的愛着を形成された子は、肯定的な内的作業モデルも形成され、それは、結局、情緒発達も社会性も優れる子に育つと言われています。社会性と情緒発達が優れた子に育てる事ばかりを目指す前に、まずは我が子との安定的愛着を形成することから育児を始めましょう。
2020年5月20日 発達心理学 担当 吉田 瑞希
〈GEL事務局より〉
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参考文献:ジョンオクブン, ジョンスンファ、ファンヒョンジュ(2009)愛着と発達.ソウル:ハクジサ