グローバルリーダーの育成(8) ~ 『失敗の本質』の本質~


再び注目される『失敗の本質』

小池百合子東京都知事は『失敗の本質~日本軍の組織論的研究~』(中央文庫)を愛読書として繰り返し読んでいるという。私の知り合いでも読んでいる人が多い。特に、最近シャープや東芝など、日本の大手老舗企業の様子がおかしくなったので、同書は再び注目されているようだ。

 

失敗は繰り返される

『失敗の本質』は「日本軍の組織の組織的研究」ではあるが、失敗は戦前の日本軍にとどまらず、日本全体の問題として当てはまり、戦前戦後の国家戦略から企業の運営に至るまで繰り返されている。何故なら、『失敗の本質』の本質は、日本型のリーダー育成の教育システムに内在するからだ。トップのリーダーを育成するという面に関しては、日本の教育システムは百害はあっても、有効ではなかった。企業においても、政治においても、教育システムを改革して、次世代の真のグローバルリーダーを育成しなければ日本再起の道は閉ざされる。政権が『教育勅語』などに綿々として郷愁を抱いている状況においては、早急な教育改革は絶望的である。

 

 

東芝の失敗のケーススタディー

今話題の東芝とGEの経営戦略の違いについて、ケーススタディーをしてみよう。GEと東芝はともに白色電球からスタートして同じ様な道を歩んできた。しかしGEは世界で11番目に株式時価総額が大きい会社に成長した。それに反して東芝は解体の危機に直面する。その差を生んだのは、社員の能力の差でもなく、運でもなく、経営トップの能力の違いであった。しかし、経営者の能力も、日本的な教育システムの産物である。

 

時代の流れを振り返る

1990年になると、世界の潮流は「グローバリゼーション」+「第四次産業革命」+「英語」の三つの要素による急速な変化が予測された。韓国や中国などでも小学校低学年から英語指導を導入し、空港や港湾の整備、IT産業の基盤構築などに乗り出した。時代の潮流を読んでいた。(日本では小学校英語は2020年導入予定、30年の差がある。)

「シンギュラリティー後の時代を生き抜く力を学ぶ」ためのインターナショナルスクール設立に情熱を注いでいる知人がいます。パンフレット案を拝読しましたが、その中で、「英語とプログラミングの両方が現代において全ての人が学ぶべきスキルだとバラクオバマやFacebookのマーク・ザッカーバーグなどが口をそろえてお言っている」という趣旨が書かれている。

この様な潮流の中で、日本がガラパゴスの様な過ごし方をし、停滞の30年を迎えたのは、ひとえに、政治家が未来に対する適切なビジョンを持っていなかったからと言える。戦前回帰や憲法改正しか眼中にない政治家も存在する。

 

さて、この15年間の流れを、東芝とGEにフォーカスして見てみよう。2001年9月にアメリカの同時多発テロが起こり、原発はテロなどの危険性が高いと考えられ、多くの規制が設けられた。すでに、原発はリスキーと見做されるようになった。

 

当時、日本やアメリカの電気製品はアジア勢に押されて劣勢に立たされるようになった。そこで東芝が考えた戦略は、従来からのビジネスモデルの踏襲であり、輸出依存であり、その目玉が原発輸出であった。その手段として米国原子力大手、ウエスティングハウスの買収があった。2006年に英国燃料会社から6370億円で買収した。保有者側からすれば、ババ抜きのババを東芝が引いてくれた様なものであった。

政府を含め、多くの企業が、時代がグローーバル化し日本型ビジネスモデルが衰退していること、IoT化時代のビジネスモデルに気が付かなかった。東芝も適切な手法による長期ビジョンを作成していれば、当然にして予測できた。IoTの可能性と原発のリスクの大きさを対比できなかった。

 

GEは金融・放送などに事業の領域を広げ、金融では売上高の3割を稼ぎ出すように、事業の組替えを行っていた。しかし、2008年のリーマンショックのとき金融事業が大打撃を受けて、事業の再組み立てを余儀なくされた。金融事業はGEにとってはリスキであると経営陣は判断し、金融事業の大半を売却し、その資金で300人のITエンジニアをスカウトし、新しいIoTビジネスに取り組んだ。

GEデジタルで開発したPredixは、産業用機器が生み出す大量のデーターを蓄積し、そのデーターを分析して、産業機器の故障予測や稼働率の最大化、オペレーション効率の最適化などを実現した。例えば、航空機エンジン部門では世界中の自社製品にセンサーを付け、音や振動などの運転時のデーターを集め始めた。それを解析し、航空会社に遅延やトラブルのない運行方法を教える。その効果として、昨年の製品部門の売上高利益率は15%と世界でも突出した水準となった。

 

一方、東芝の取った行動は2011年の東日本大震災に伴う原発事故で落ち込んだ原発需要を喚起して、WHを維持すべく、原発建設会社を1000億で買収した。これには隠れた負債があり超過費用負担が追加して生じた。すでに原発はリスクの非常に高い分野になっており、リスクにリスクを重ねる結果となってしまった。しかも、そのリスキーな投資をするために、トラの子の、成功している事業部を次から次へと売却した。

 

東芝経営陣のたどった道は、旧日本軍と極めて類似している。自分の世界観の中だけで独り善がりの戦略を構築する。選択の誤りが事態を泥沼化する。さらに誤った選択を重ねる。

世界の新しい潮流に気が付かない、既存の戦略(輸出、原発)を変更しない、リスクマネージメントを理解していない、などが全く同じである。WH買収時の社長N氏は「リスクを取らないのがリスク」と表現し、過大な投資を危ぶむ声には「君、そんなことじゃ、会社は持たんのだよ。」と豪語していた。ビジネススクールでは、取るべきリスクと取ってはいけないリスクの違いを徹底して教え込まれる。GEの取ったリスクは取るべきリスクであり(IoT時代に乗り遅れるリスク)、東芝の取ったリスク(原発という巨大のリスク)は取ってはいけないリスクであった。

 

 

東芝の経営陣は何故時代の潮流を読めなかったのか

 

 ホームパーティーの議題 日本の教育は知識偏重

先日ドイツ人、イタリア人、アフリカに35年在住している日本人をお呼びしてささやかなホームパーティーを持った。夫々の国の料理を持ちよったが、話す言葉は英語だ。お酒も入り、気分が良くなってきたら、皆の話題は「日本の教育」に移った。三人が異口同音に述べていたのが「日本の教育は知識を教え込むことに主眼があるが、自分の国では、問題解決の能力を養成することに目的がある。知識を詰め込んで将来何の役に立つのか」ということであった。さらに、日本人の英語力のコミュニケーション能力の低さを嘆いた。イタリア人は最近必要があり移民管理局に行ったが、職員の誰も英語が話せないので困ったとのことだ。現代において、英語ができないということは、世界の情報に対してアクセスができないということでもある。不便というだけでは済まされない。

この様な基本的な教育の相違に加えて、私が自分の経験から感じることは以下の通りだ。

 

 アメリカのビジネススクールで感じた、「リーダー育成」の環境

私はアメリカのペンシルバニア大学の経営大学院、ウォートンスクールで学ぶ機会に恵まれた。トランプ大統領より少し後の学年と思う。2年次には卒論のための授業を選ぶことになる。その時最も人気があった授業が、世界の大手企業のコンサルタントを務めていたパールミュター教授の「(長期)戦略策定のためのシナリオライティング」の授業だった。

その手法の概略は、現状の事業を取り巻く諸要素、トレンド(人口動態であるとか、技術の進展とか、利害関係者の変化とか様々)を分解してそれぞれの変化を予測し、夫々の5年後、10年後、20年後の経営環境をシナリオライティングしていく。いくつかの、あり得そうな経営環境のシナリオを用意する。それぞれのシナリオ(時代変化)に最も柔軟に対応できる(どの様なシナリオでも対応できる)最適企業戦略を策定する、という手順だが、大切なことは以下の通り。

  • 現在主流なトレンドでなくても、将来主流になるトレンドを見逃さない。
  • 常にトレンドのパラメーターを修正し、シナリオの見直しを行う。
  • 状況の変化に応じて、目標自体を変更したり、組織自体を作り替えていく。
  • 非合理的、情緒的な判断、偏見を持ち込まない。

現在も、同様の手法は「日和見主義」(opportunistic)的手法とも呼ばれて、進化を遂げているようです。日和見とは状況変化に合わせて自己や目標を合わせていくということでしょうか。

私は、当時兆しのあったグローバルサプライチェーンに注目し、某社のための戦略を卒論として提出してdistinguished(極めて優れている)の評価を貰った。自分自慢の様にもなってしまったが、言いたいことは、ウォートンスクールに限らず、米国のビジネススクール卒業生などは伝統的に、戦略策定のトレーニングを受けている。GEの当時のCEOのジェフリー・イメルトもハーバードのビジネススクールでMBAを取得している。

また、フーヴァー研究所の様に、長期戦略や世界戦略に携わる研究所も存在し、政権にも大きな影響を与えている。

つまり、アメリカを含む主要な国家では、問題解決能力を培った若者が、大学院の教育でさらに戦略的思考を磨き、長期・世界的視点での国家や企業の戦略策定を学ぶ。日本では知識偏重で教育された若者が、そのまま就職し、やがて、企業のトップになったり、あるいは、政治家になったりする。真の、グローバルリーダーを育成していない。

 

 

米国の企業は短期志向か

米国の企業は四半期資本主義(ショートターミズム)と言われている。確かに、四半期ごとの成績を厳しく問われる。しかし、同時に多くの企業が長期のビジョンを持っている。シーメンスのメガトレンド、英蘭シェルの「長期シナリオ」などがある。GEにも同様の長期シナリオが存在すると聞いている。この意味では日本は短期的なシナリオしか持たないといえる。日本の企業の雇用形態は終身雇用でも、企業のシナリオは短期的と言え、中期経営計画があるとは言え、真の長期ビジョンを持たないため、場当たり的になってしまっているのではないか。

日本の企業においても、有効な手法により長期ビジョンを策定して、10年後30年後の社会を想定し、その上で経営計画を作成すれば正しい選択ができるのではないか。

 

日本の経営者

日本は日本型秀才が大企業の経営のトップに就く。しかし、ソフトバンクなどの様に、成功している日本の企業は日本型秀才ではなく、海外のビジネススクール卒業生などが携わっているケースが多い。また、破綻したときに、グローバルスタンダードの経営に委託するケースも増えています。

カルロス・ゴーンは2兆円の負債を抱えて破綻していた日産を、世界基準の経営手法でたちまち蘇らせた。社員のレベルは高かったが経営者の能力が世界レベルでなかっただけだ。ゴーンは社内の公用語を英語に変え、キー・グローバル戦略会議をヨーロッパや北米の幹部も出席のもと、英語で行った。蛇足ながら追加するとソニーも米国人のCEOを迎えたとき、日本人の社長は電話でCEOと話ができなかったという話を聞いている。英語能力はグローバル経営において必須であることを印象づけた。

政治においても、経済においても、行為主体は人であるので、教育改革がなければ日本は蘇らない。しかし、政治は動かない。

 

『失敗の本質』の中での、失敗の本質記述

『失敗の本質』の文中、日本がソ連の兵器と戦法の前に大敗したノモンハン事件に関連し記述がある。「なお日本軍を圧倒したソ連第一集団軍司令官ジュ―コフはスターリンの問いに対して、日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である、と評価していた」(p68)。つまり、兵隊やそれを指揮する隊付き将校は頑強であるが、将校を束ねる、陸軍大学を出たような高級将校は無能である、との意味である。当時は陸大を何番の成績で卒業したかでその後の出世コースが決まっていて、ノモンハンで失敗した高級将校達が、左遷されることもなく、盧溝橋事件を起こし、中国戦線を拡大し、インパール作戦で大失敗し、兵器も食料も乏しい中で兵士たちは、万歳と叫び命を無為に落とすのみであった。

 

 

長くなってしまいますので、一旦終えますが、次回は明治からの日本の人材教育について述べたいと思います。明治初期に多くの有能な人材を輩出し、やがて、官僚化していく過程を振り返ります。福澤諭吉の生涯についても触れたいと思います。

 

2017年6月30日

安藤 徳彰


安藤徳彰

About 安藤徳彰

(あんどう のりあき) 慶應義塾大学卒業後、ペンシルバニア大学大学院(ウォートンスクール)にてMBA取得。 ICE幼児教室、ICE私立専門塾などを創業。2014年6月に教育部門の運営を栄光グループにバトンタッチし、株式会社栄光の教育顧問に就任。 2015年10月に株式会社栄光顧問退任